ドラゴンボールZ

激突! 100億パワーの戦士たち





1992年 日本

監督 : 西尾大介



執筆日 : 2009年 06月25日





■第1章 『あの死闘から…』


『ドラゴンボールZ 激突! 100億パワーの戦士たち』は、
TVアニメ「ドラゴンボールZ」劇場版第9作で、
時期的にはフリーザを倒した後ぐらいの話のようです。

概要は以下のとおりです。



悟空フリーザの戦いによって母星を失ったナメック星人たちは、
新たな居住可能な惑星を見つけて、そこで耕作して暮らしていた…

が、ある日、その新ナメック星に、
超巨大な不定形金属生命体『ビッグゲテスター』が付着。
惑星のエネルギーを吸収しはじめた。

惑星存亡の危機に、救世主「悟空」の助けを請うナメック星人たち。
事件解決に乗り出した悟空・ピッコロたちだが、
そこで再会したのは、以前にかめはめ波で
太陽に激突させて倒したはずのクウラ(フリーザの兄)だった…








■第2章 『良し悪し』


それでは、本作の良し悪しなどをつれづれに…



『ビッグゲテスターの超巨大感』


接近時の、恒星との比較。
もっさりした動き。
重厚な駆動音。
彼方の空気に溶けるように描写された姿。


などなど、そのどれもが超巨大というベクトルで統一されているため、
ドラゴンボール世界最大(おそらく)の体躯を持つ敵という事実が、
スンナリと実感できます。




『メカアクション』


「ドラゴンボール」は、格闘 + 光線技という、
ウルトラマンのようなアクションの魅力を持った作品ですが、
今作では敵方がロボット軍団になっています。

したがって攻撃してくる手段も銃火器が中心で、
効果音も金属的な打撃音がメインとなり、
今までのドラゴンボールと異なる魅力
持たせることに成功している映画です。

また、銃火器というものの持つ、光線以上の現実感が、
作品に良い重みを与えています。




『空気の動き』


アニメ「ドラゴンボール」の良さは、爆発もさる事ながら、
爆発によって周りに与えられる影響がキチンと描写されている所に、
その魅力があると思っています。

今作でも、キチンと爆風による「風」が描写されていました。

制作後、年月が過ぎても、
他ではなかなか味わえない爆発の魅力がドラゴンボールにあるのは、
こうした空気の描写による所が大きいと、自分は思っています。




『破壊的ギャグ』


ビッグゲテスターとの戦いを終えて、宇宙から落ちてくる悟空・ベジータが、

手を掲げて2人を待つ人々の所に落下できずに、
離れた場所に轟音(ありがちなマヌケ音ではなく)を上げて墜落。


呆然とする人々。 BGMは穏やかなまま。


ビッグゲテスターに捕らわれた人々を、鳥山明の自画像似の小型ロボットが
「あなたがたはすりつぶされてビッグゲテスターのエネルギーになります」と、
旅行会社の添乗員のようにハキハキと説明。



…など、ギャグとして挿入したはずの場面の雰囲気がスゴすぎて
筆舌に尽くしがたいブラック感をともなっています。

この辺りの演出を手がけられた方は、
天才か、本物のアレだと思います。




『食べ過ぎ』


「相手のエネルギーを吸い取って成長しつづける敵」
死亡理由は決まっています。

『相手のエネルギーが膨大すぎて、
吸収しきれずに限界を超えてしまい、爆死』
です。

当作のオチも、もちろんそれ。

「エネルギー吸収敵」に関するこのパターンを超える
結末が発見されるのは、いつの事なのでしょうね?(笑)




『復活、復活、また復活』


今作のメイン敵である『メタル クウラ』は、
自分が融合しているビッグゲテスターが蓄積しているエネルギーのおかげで、
ほぼ無制限に何度でも復活が可能です。

無限復活といえば『人造人間セル(完全体)』が思い浮かびますが、
当作はセルが活躍する前に封切りされている映画…
ドラゴンボール世界に無限復活を登場させたのは、
実はこの映画が初めてなのかも?


ただ、この「無限復活」は、最初の驚きこそ大きいですが、
観ている側にとって飽きるのが早いという難点があります。

なぜでしょう?


理由は、『中間の無さ』にあります。

例えば、主人公の攻撃で敵が腕に大ケガをすれば、観ている我々は
「お、こいつはダメージがデカいから、そろそろ勝てるんじゃないか?」
と感じます。

あるいは、敵を大爆発に巻き込んでも、
中から出てきた相手がカスリ傷なら
「あぁ、あまり効いてないんだな。 勝負はまだまだこれからだな。」
と感じるでしょう。


ところがこれが無限復活になると、
『脳の中心にある核を破壊するほどの超絶な攻撃をしないかぎり、
絶対に倒せない』などといった高いボーダーが設けられてしまい、
それ以下の攻撃は無意味になってしまうのです。

腕がもげようが首が飛ぼうが、
「どうせ復活しちゃうんだろ?」
という無感動な先読みを観ている者に与えてしまう…


『100か、0か』だけで中間が無いので、
感動が単調になってしまう
わけです。


それを念頭に、原作者「鳥山明先生」の、
「復活」に関する話作りを振り返ってみると、
その辺りへの配慮がキチンと施されている事に気づかされます。

例えば、ナメック星人は、
ちぎれた腕を再生能力で復活させる事ができます。

が、フリーザなども言っているように、
『復活のために「気」を大量に消費したため、
以降の攻撃力がガクンと落ちている』などの一長一短がある。

万能ではないからこそ、観ていて
「ではどうする? どうなる?」というワクワク感が持続されるのです。


強さのインフレは、シリーズアクション物の宿命です。
が、『無制限』を取り入れた時点で
ユーザーの飽きを急速に招いてしまう事実を、
作り手は決して忘れるべきではないと思うのです。







■第3章 『ゲテスター』


「宇宙をただよっていたクウラの脳細胞がコンピュータと融合して…」など、
設定を見ていくといくらでも首をかしげる点がありますが…


そのあたりを大笑いでスルーし、
アクションの派手さを堪能できる人なら、
十分に楽しめる映画だと思います。

テンポの良さもすばらしいです。

20作近く存在する劇場版ドラゴンボールの中でも、
個人的に大好きな作品ですので、
機会があればお試しになってくださいね。



最後に「ビッグゲテスター」て、
『巨大な、ゲテモノ食いの星』
という意味なのでしょうか? やっぱり…

あと、敵を倒した歓喜におぼれる人々の中にあって、
ちゃんとゲテスターの中核を成すコンピュータチップを回収して破壊した
ベジータ様の細やかなフォローぶりに敬意を表します。






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